コラム

インドのキャッシュレス市場 ~インドで急速に拡大するキャッシュレス化、政府も様々な施策で利用普及を後押し~

Published on
Sep 11, 2018

市場規模

2016年11月のモディ首相による廃貨政策以前、インドは世界で最も現金決済に依存した国であった。しかし、廃貨政策以後はキャッシュレス支払いが着々と浸透しつつあり、2016年12月時点で、約1億人のインド人がキャッシュレス支払いを決済手段の一つとして利用したという。
2017年のデロイトのレポートによると、キャッシュレス支払のうち、小切手を使用しないデジタルペイメントの国内推移は、取引件数は2013~2015年までは年間10~20億件の増加だったが2016、17年は40~50億件と急伸。取引額も2013年の1兆3,290億ルピーから2017年には2兆2,950億ルピーに伸びている(注1)

市場動向

インドにおけるキャッシュレス化の兆しは、2009年にまで遡る。10年前、インド国民の約半数は、公的な身分証を保持していなかった。病院や役所のない村に生まれた人々は、出生証明書を受け取ることができなかったのである。そのため戸籍のない人々は、銀行口座を開設することはおろか、ローンや保険といった金融サービスを受けることもままならず、また、税金の徴収対象にもなっていなかった。この問題を解決すべく、2009年にインド政府は、指紋と網膜情報に基づいたデジタルIDを全国民に配布することを目的として、Aadharと呼ばれる政策を実施した。政策の成果は目覚ましく、インド政府は2016年までに約11億人の国民にデジタルIDを発行した(注2)
2014年に首相に就任したモディ氏は、貧困層をも金融サービスに包摂するため、全国民に銀行口座を開設させることを政策に掲げた。モディ首相は、貸出を行わずに、預金サービスのみを提供するペイメント・バンクを設立した。さらに、貧困層の口座開設を促進するために、ペイメント・バンクの口座開設者に対して、無料の生命保険を提供した。貧困層の口座開設に際しては、前述のAadharで給付されたデジタルIDが身分証として活用された。結果として、2017年1月時点で2億7千万人を超える国民が新たに銀行口座を開設し、その預金総額は約100億ドルに上った(注3)
キャッシュレスの素地として、もう一つ重要なものがNational Payments Corporation of Indiaが開発したUnified Payment Interface(UPI)という決済システムである。UPIは、個人情報を詳細に入力することなく、Aadharで給付されたデジタルIDや、電話番号だけで送金を行うことを可能にしている。これにより、キャッシュレス決済の手続きが簡素になり、取引の安全性も向上したばかりか、貧困層もキャッシュレス決済を利用することが可能となった(注4)
こうして、国民が金融サービスに包摂されていく中、モディ首相は2016年11月8日に市中に流通する通貨の約86%を占める500ルピー札と1,000ルピー札の廃止を宣言した。この政策は、名目GDPの25%を占めると言われるブラックマネーの締め出しを短期の目的としているが、長期的には、インドの現金依存経済をキャッシュレス経済に変革していこうという遠大な目論見がある(注5)
元々、インドは世界最大の現金依存経済であった。支払いの95%以上は現金で行われており、約90%の業者は現金以外の決済を受け入れる手段を持たず、さらに、約85%の労働者は現金で給与を受け取っていた(注6)。また、Eコマース産業でさえもキャッシュ・オン・デリバリー(COD)が中心であった。Business Insider(2016)が2015年第4四半期に行った調査によると、83%のインド人消費者が過去半年以内にCODをEコマースの支払い手段として利用したという(注7)。こうした状況である中で、突然の廃貨政策がインドの現金経済に与えた影響は甚大であった。多くのビジネスが一時休業となり、農家は種を購入できず、タクシードライバーは支払いを受けることができず、さらに、企業は労働者に給与を支払うことができなかった。
しかし、今回の廃貨政策が、インド経済のキャッシュレス化を急速に促進させたこともまた事実である。廃貨政策による混乱に辟易した人々が、キャッシュレスの支払いに移行し始めたのである。たとえば、モバイルウォレットの1日当たりの利用額が、廃貨前後で3.9億ルピーから23.6億ルピーにまで増加し、また、POS端末による取引も11.2億ルピーから1751.1億ルピーへと拡大した(注8)。インドの金融相によると、廃貨政策とそれに伴うキャッシュレス化により、直接税の回収率が14.4%、間接税の回収率が26.6%上昇したという(注9)

企業動向

こうしたキャッシュレス化の流れを受けて、モバイル決済企業が台頭し始めている。モバイル決済企業は、ユーザーにモバイル決済のプラットフォームを提供している。現状、モバイル決済企業の多くは2万ルピーを決済の限度額として設定しているが、特定の書類を提出したユーザーは、限度額を10万ルピーにまで引き上げることができる。また、UPIを決済システムとして導入しているモバイル決済企業も着々と増加してきている。以上を踏まえて、下記にモバイル決済サービス大手のPayTM、Mobikwik、FreeChargeの三社の概要を挙げる。

PAYTM

(注10)
PayTMは、インド最大のモバイル決済企業であり、ユーザー数は2億人を超える。ユーザーは、クレジット・デビットカード情報をPayTMのアプリに紐づけすることによって、電気代の支払いから買い物まで様々な決済を携帯から行うことが可能となっている。廃貨政策の影響により、2016年11月10日から12月20日のわずか約1ヶ月間で、その新規ユーザー数は2千万人を超えたという。さらに、廃貨政策の宣言から2週間で、1日当たりの総決済数は700万件以上に達したという(注11)。一方で、急速なユーザー数の増加による弊害も起きており、2016年12月20日には、膨大な決済数にサーバーが対応できず、サービスが一時停止する事態に陥った。しかし翌日にはアプリのアップデートが宣言され、PayTMのサービスに甚大な被害は及ばなかった。なお、同社は中国のオンラインショッピング企業であるアリババグループから出資を受けており、2017年にPayTMがオンラインマーケットプレイスPayTM E-commerceを新設した際、アリババグループは約2億米ドルの投資を実施した(注12)

MOBIWIK

Mobikwikは、3,500万人を超えるユーザー登録数を誇るインドの大手モバイル決済企業である(注13)。同社の提供するモバイルアプリでは、携帯電話番号を使った銀行送金及び決済が可能。オンライン決済のみならず、店頭決済にも注力しており、Mobikwikでの支払いを受けつける店舗数は100万店舗を超える。廃貨政策の後、アプリダウンロード数は40%増加した(注14)。また、銀行送金の手数料を撤廃したため(PayTMは支払い額の1%を手数料として設定している)、銀行送金サービスの利用者数が廃貨政策の後に7千%増加した。尚、Mobikwikのモバイルアプリを経由した銀行送金の限度額は1,000ルピーに設定されているが、特定の書類を提出したユーザーは5,000ルピーまでの送金が可能となる(注15)

FREECHARGE

FreeChargeはインドの大手オンラインショッピング会社であるSnapdealが所有するモバイル決済企業である(注16)。仕組みはPayTMと同様。PayTMとMobikwikに同じく、廃貨政策による好影響を受けており、廃貨宣言からわずか24時間の間に、FreeChargeにチャージされているモバイル通貨の総額が1ヶ月前の1日平均の12倍にまで急拡大したという。また、ユーザー登録数、総決済数、アプリダウンロード数に関しても、全て10倍から15倍の急増を示した(注17)

現地消費トレンド

・インド政府と企業が、国内経済のキャッシュレス化を推進するキャンペーンを次々と打ち出している。高速道路を管理するインド国道庁(National Highway Authority of India)は、2016年9月にPayTMと協働で、高速道路料金の電子決済を進めると発表している。金融相によると、今後、高速道路料金の100%電子決済化も視野に入れているという(注18)。また、金融相は2016年12月に、国内のガソリンスタンドにおいて、クレジットカードやデビットカード、また、その他のキャッシュレス決済を行う利用者に対して、ガソリンとディーゼルの価格を0.75%割引すると発表した(注19)。また、2017年1月1日から、国鉄の定期券(seasonalまたはmonthly)についてもキャッシュレス決済の場合0.5%の割引、オンラインでの鉄道予約を行うと最大100万ルピーの事故保険が付帯される。さらに、保険商品を国有企業(PSU)のオンライン決済で購入した場合には、8%の割引が適用され、生命保険に対しては10%の割引が適用される(注20)

・郵便省は2017年4月、インド最大の銀行であるインドステイト銀行と協働で、郵便局での支払いにキャッシュレス決済を導入すると発表した(注21)。さらに、インド国内でATMサービスと決済サービスを提供するFinancial Software and Systems (FSS)(チェンナイ)も、政府が推進するキャッシュレス化に対して支援を表明し、2017年4月にFSS Aadhaar Payの導入を発表した。具体的には、FSSの決済サービスを利用する業者での決済において、消費者は前述のAadharで給付されたデジタルIDと指紋のみで支払いが可能になる。さらに、業者に関しても、スマートフォン等を通して、FSSの決済サービスを利用することが可能になるという(注22)

・2018年8月、ムンバイ拠点のバイオディーゼル燃料販売企業My Eco Energy(以下MEE)は、自動給油のための携帯アプリをローンチした。同社は国内7都市のガソリンスタンドでバイオディーゼル「indizel」を販売しており、この携帯アプリで自動給油および支払、燃料使用状況などを確認できる。インド政府はバイオ燃料の普及のため、2018年5月に「国家バイオ燃料ポリシー」を制定、「indizel」は同ポリシーに適合するものとして税制優遇の対象となっている。税制優遇に加えて、各都市でディーゼル燃料よりも3ルピー割安の価格で販売しており、さらなる普及促進を狙っている。ガソリンやディーゼルといった燃料の購買は、国内の中でも最も現金支払いに依存している商流だったが、MEEのような企業の台頭で、キャッシュレスという選択肢も広がりつつある (注23)

・インド政府は2018年9月25日から、貧困層を対象にしたキャッシュレス医療サービスを含む国民健康政策(Ayushman Bharat-National Health Protection Mission 以下AB-NHPM)を開始すると発表した。対象はSocio-Economic Caste Census(SECC)データベースに基づく貧困世帯1億世帯以上に対し、1世帯あたり50万ルピーの医療費を政府が負担する。この世帯数はインド全人口の40%以上に上るという。貧困層世帯の医療費自己負担の軽減に加え、公立病院および指定私立病院においてキャッシュレスで医療サービスの受診が可能となる。医療費を負担する政府と州政府、実際に医療サービスを受ける患者と提供する病院の間に相互運用可能なITプラットフォームを確立することで、キャッシュレスおよびペーパーレスを実現する計画。この施策により、33%の世帯が初めて医療保険に加入することになり、入院率も6%に上る(平均入院日数3日間)とみられている(注24)

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