カナダのスタートアップElement AIによると、全世界のAI人材の数は約2万2,400人。うち約半数の1万295人がアメリカ人で、2位に中国、イギリス、ドイツと続く。インドは555人で9位にランクインした。このレポートは、AI人材の約3分の1が博士課程を取得した国とは異なる国で研究者として働いているといい、流動性の高さが指摘されている。一方インドは、海外で教育を受けたAI人材のうち25%がインドに戻ってきているという[i]。
Analytics India Magazineの2017年の調査によると、インドのAI市場規模は1億8千万米ドル規模と推計されている。また、インドのAIに関わる人材は約2万9千人、2017年には約2,400人のAI人材が新卒者として輩出されている。その経験年数は平均6.6年だが、AI人材全体の55%が勤務年数5年以下であり、若手人材が多い市場となっている[ii]。
人材輩出校として有名なのはムンバイ大学(University of Mumbai)、BITSピラニ校(ラジャスタン州)、プネ大学(University of Pune)、IITカラングプール校、デリー校・ボンベイ校・カンプール校・ルールキー校、デリー大学など。
AI人材の勤務先企業規模別分布は、従業員1万人以上の大企業は38%、200人~1万人未満の中規模企業は30%、200人未満のスタートアップ企業は32%。インド国内のAIを手掛ける企業は800社超で、従業員の平均人数は188人、全体の84%が従業員50人未満の企業だ。年間給与は平均額が140万ルピー。アナリティクス・データサイエンス分野よりも約20%高い給与水準だという[iii]。
2017年、国内で4千件のAI人材の募集があったという。都市別就職先で最も多いのはIT都市ベンガルールで37%。次いでデリー、ムンバイ、ハイデラバードと続く。就職先は大都市が多いのがみてとれる[iv]。
下記にインドで注目されているAIスタートアップ企業をいくつか挙げる。
・Niki.ai[v]
2015年創業、バンガロール拠点。自然言語処理と人工知能をベースに、顧客と対話できるチャットボット「Niki」を開発。創業から3年でユーザー数は200万人に到達、GMV(Gross Merchandise Value、総流通総額)は月間56%、年間800%増で伸びており、売上高は430%増。ラタン・タタ氏やロニー・スクリューワーラー氏といったインドの著名企業家も出資している。事業形態はチャンネルパートナーシップモデルで、主要パートナーはバスの予約サイトRedbus、ホテル検索サイトOyo、タクシーアグリゲーターのOlaやUber、各種チケットの予約サイトBookmyshowなど。リピーターによる発注が多く、2017年度のアベレージオーダーサイズは前年比1.7倍を見込んでいる。「Niki」は75万台以上のデバイスで使用されており、うち大都市圏からの利用が60%だという[vi]。
・Qure.ai[vii]
2016年創業、ムンバイ拠点のヘルスケアAIスタートアップ。カリフォルニアにも拠点をもつ。胸部X線でのエラー診断は20%以上で、医師が患者と対面で話す時間は勤務時間のわずか55%だという[viii]。こうした問題を解決する方法として、ディープラーニングによるX線、MRI、CTスキャンの画像診断ソリューションを開発。画像を即時にデータ化し正確に解読、1人1人の患者への適切な治療法を導き出す。インドは世界の結核患者数の27%を占めており、世界有数の結核大国である一方で、放射線医師の数が不足している。その数は100万人に2人以下とされており、結核や脳卒中などの疾病に対し画像医療診断が適切に行われていないのが現状だ。2018年5月にはAIベースの胸部X線ソリューション「qXR」でCEマークを取得した。システムには150万枚の画像データを解析したアルゴリズムを採用。その診断確率は90%以上に上り、現在結核を含む15の疾患の診断が可能となっている。CE取得はAIベースのソリューションでは初めて[ix]。
・Arya.ai[x]
2013年創業、ムンバイ拠点のAIソリューション開発スタートアップ。銀行、保険、小売、ヘルスケア、石油ガスの産業がターゲットで、ディープラーニングプラットフォームを提供。タスク実行の自動化を可能にするAIシステムも開発、様々な業界・分野における作業アシストのためのロボット開発に使用できる高度AIツールを提供している。2015年12月には仏Paris&Coが選ぶ優れたイノベーションが期待されるグローバル企業21社のうちの1社として、インドのスタートアップとして初めて選出されている[xi]。
・Staqu [xii]
2015年創業、グルガオン拠点。AIベースのレコメンデーションエンジンを開発・提供している。主要パートナーは地場携帯メーカーKarbonn、同Lava、パナソニック、電子決済企業大手Paytmなど。顔識別機能の予測警備システム搭載のスマートグラスも開発しており、国内8カ所の警察とグローバル企業1社で採用されている。Wifiおよび4Gの通信ネットワークで過去の犯罪者データベースの顔をスマートグラスに送信、一致した場合は検知できる仕組み。このシステムはスマートグラスの他にも監視カメラなど映像機器に採用できる。当システムを採用した企業によると、同社の顔認識システムを導入後、3か月で1,500人の犯罪者の逮捕につながったという。最近、犯罪率低減を目的とし、ドバイ警察でも採用が決まった[xiii]。
・2018年5月、商工省が中心となり政府が組閣したAI産業のタスクフォースが、今後5年間のAI産業振興政策を発表。内容はスマートシティ計画や電力、水分野といったインフラセクターの開発技術に注力するといったもので、ロボティクスや自動運転、先端金融技術などのAIテクノロジーの研究開発に特化する6か所のセンターの設立が盛り込まれた。これにはデータセンターも含まれ、データを「AIを強力化する燃料」ととらえ、AI開発に重要なもの、と提言している[xiv]。全体では10の分野でのAI活用を掲げており、防衛やヘルスケア、製造、農業、教育、公共インフラなどが含まれる。具体的には、①防衛分野(テロ予測やテロ攻撃に対抗するロボット開発)、②農作物管理(ドローンやロボットを用いた農作物モニタリングおよびデータ収集)、③環境分野(空気、土壌、水に排出されている煙や廃棄物のコントロール)等。世界のAI技術ではアメリカと中国が競っているが、インドは収集データの質の低さ、収集データへのアクセス方法の未確立などがネックとなり、グローバルな市場でプレゼンスを発揮できていないという現状も指摘。既に他国が強みを出している分野ではなく、産業エレクトロニクスなどインドにもアドバンテージのある分野では世界市場でも可能性がある、としている。AI業界の人材育成には数年間はかかるとされているが、技術進歩が著しい中で、短期間での人材教育の必要性も説いた。
・インドでは官民ともにAI事業の位置づけが高まっている。国内2万299校、25か国220校で採用されている教育カリキュラムCBSE(中央中等教育審議会)が選択科目としてAIの導入を決定。政府系シンクタンクNiti Aayogがスマートシティ事業へのAI技術利用を発表。さらにNiti Aayogは2019年5月にAI研究機関「AIRAWAT (Artificial Intelligence Research, Analytics and knoWledge Assimilation plaTform)」の設立のための17億米ドルを閣議申請している[xv]。
マイクロソフトとIDCによると、AIはインドにおけるイノベーションおよび従業員の生産性の倍増に寄与するという[xvi]。200人の経営者と202人の従業員が対象の調査で、AIを導入している企業は3分の1に留まる。これらの企業は、2021年までにイノベーションと従業員の生産性が未導入の企業と比較すると2.3倍伸びるとみられている。AI導入にあたり、投資、データおよび戦略、文化的変化やAIスキルの習得が不可欠だとしている。特
にインド国内ではテクノロジーセクターに留まらず、ソフトウェアエンジニアリングの需要が高まっている。マイクロソフトは今年初めに経営者のためのAIスキル養成機関「AIビジネススクール」を開講、AIに特化した5日間のワークショップシリーズ「Week of AI」を実施するなど、インドにおけるAI普及に努めている。