今年7月にChiratae Ventures、Amazon Web Services (AWS)、Redseer Strategy Consultantsにより発表されたレポートによると、健康食品やフィットネス・ウェルネス、健康診断や健康管理・トラッキングサービスなどで構成される、予防医療分野の市場の大幅な伸長が予測されている。2021年の市場規模932億米ドルに対し、年平均22%で伸長し、2025年には1,970億米ドルに達するという。予防医療の支出割合は、2021 年のインド医療費全体の36%を占めていたが、その割合は2025年には40%にまで上昇する、と予測している[i]。
インド政府のヘルスケアに係る予算は毎年増加しているものの、全体予算に対する比率は横ばいのままであり、結核撲滅活動から生活習慣病の増加など、幅広い医療課題に対応するには限界がある。早期発見や予防により注力していくことで、総医療費の増加、それに伴う社会保障費の増加を抑えたい、という意図がある。2020年から始められた政府の「デジタルヘルスミッション」により、医療のデジタル化が進む中、パンデミックにより遠隔医療が普及、オンライン一次診療が浸透することで、初診のハードルを下げた。これに並行して、国民のヘルスケアへの関心も高まり、免疫力アップや健康改善などへの意識も高まった。
同レポートの中でも、回答者の40%が予防医学を非常に傾倒した、と回答しており、健康志向の高い人々を対象に別途行われた調査では、これら意識の高い層では、ライフスタイルや健康に関わるバイタルデータなどを、ヘルスモニタリングデバイスを用い、積極的・定期的にトラッキングしているという結果を示した。インド人の医療の平均年間支出2,500ルピーに対し、この層では予防医療に4,000~1万ルピーを費やし、将来的にこの費用を最大1.5倍まで多く支払う意思を示したという。
予防のための健康診断では、日本企業が活躍しており、農村部でのNECの健康診断普及活動[ii]、オムロンの血圧関連遠隔診療[iii]、富士フイルムの健診センター「NURA」によるガン検診[iv]など、早期発見につながる活動に貢献しているが、もう少し健康維持・管理寄りのソリューションには、スマホアプリやウェアラブルによるモニタリングや健康管理ソリューションを提供するスタートアップがあり、グローバルにも活躍する企業もみられる。
GOQii[v]は、2014年創業の健康管理プラットフォームであり、三井物産が2018年に出資参加している[vi]。ウェアラブル・リストバンドでバイタルデータのモニタリング・トラッキングが可能で、ユーザーの活動量、歩行距離、消費カロリーなどをリアルタイムにチェック可能、スマホアプリでは、ユーザーの健康目標に合わせたパーソナルコーチを受けられる、サブスクリプション型のサービスを提供している。また、健康管理に加え、医療保険も組み合わせた年間パッケージ「GOQii Insure+Plan」をKotak General Insuranceと組み、提供している。
GOQiiは、ヘルスケアメタバースへの取り組みも開始している。2022年2月のシリーズCラウンドで5,000万米ドルを調達した翌月に、拡張Cラウンドでさらに香港のモバイルゲーム会社Animoca Brands から1,000万米ドルを調達し、ヘルスメタバースを立ち上げた。GOQiiはAnimoca Brandと協力し、ブロックチェーントークンとゲーミフィケーションを予防医療に活用する製品開発も計画している[vii]。GOQii のメタバースは、2018年に開始した仮想報酬プログラム「GOQii Cash」をベースにしているという。アプリ上でタスクを完了すると、トークンが獲得でき、このトークンを使用して製品・サービスのアンロックや割引購入、NFTへの交換、イベントやゲームに参加できる。またメタバースでは自身のNFTアバターを作成し、他ユーザーとの交流が可能だ[viii]。同社は今月、UAE進出を発表。UAEに展開するHarley International Medical Clinicと提携し、糖尿病患者ケアプログラムを導入する。糖尿病患者をGOQiiの展開する健康管理プラットフォームに登録し、糖尿病管理を支援する。当プログラムでは患者が自身の状態を、当アプリを通じた専門家の指導やその他支援によって、ライフスタイルを変え、HbA1C値を制御することを目的としており、上記のメタバースも活用される模様だ[ix]。
このようなパーソナライズされたヘルスケアプラットフォームを提供するスタートアップは他にもあり、フィットネスをオフラインとオンライン両方で提供するCure.fit、体重・食生活管理による健康維持を提供するHealthyfymeなどが順調な資金調達で取り上げられているが、新たなパーソナライズドヘルスケアを提供するスタートアップも、今年大規模資金調達を実現している。
総合ヘルスケアプラットフォームを提供するMediBuddy[x]は、2022年2月、シリーズCで1億2,500万米ドルを調達した。同社はビデオ通話による専門医への24時間X365日のアクセス、オンライン薬局、自宅でのラボ検査、メンタルヘルスサポートなどを包括して提供しており、インドで約3,000万ユーザーを誇る。今後さらに国内プレゼンスをあげていくため、データサイエンスを含む技術基盤の強化、臨床研究、製品開発や採用、顧客啓発など多方面に投資をしていく構えを見せている[xi]。
パーソナライズドヘルスケアプラットフォームを提供する2020年創業のEVENも、2022年11月、1,500万米ドルの資金調達を実現、7月以降に調達した資金総額は2,000万米ドルにのぼる[xii]。EVENはこの資金により、臨床医師チームを強化、糖尿病や肥満などの増加に対する予防ケアの提供を拡大するとしている[xiii]。
冒頭で紹介した調査を実施したRedseer StrategyのシニアマネジャーAmitabh Kumar氏は、「スタートアップは、消費者にとっての認知度(Awareness)、アクセシビリティ、手頃な価格(Affordable)という 3A に焦点を当てることで、インドにおける予防医療の可能性を解放するであろう」と述べている[xiv]。