最近、Aadhaarアプリ「mAadhaar」の新バージョンのベータ版がリリースされた、という報道を目にした。リリースされたのは今年4月で、既存の「mAadhaar」と異なる点として、顔認識機能の搭載など、セキュリティ強化が主張されていた。Aadhaarはいわゆるインド版マイナンバーであり、すでに国民のほとんどが登録済だ。
「mAadhaar」と呼ばれるアプリは、インド固有識別情報局(UIDAI)により提供されているもので、最初にリリースされたのは2017年[i]、アプリの導入は、物理的カードの代わりにアプリを使うことで、Aadhaarベースの行政サービス等が受けられる、という利便性の向上と、国民のデジタル包摂が目的、とされている。
今回の新しいベータ版では、顔認証機能が搭載され、顔認証とAIを組み合わせたことでセキュリティを向上させているという。また、自身の身分証明を行う際に、Aadhaarカードのハードコピーの提出が必要とされる場合があったが、これをQRコードと顔認証機能の組み合わせで、アプリ上で完結することができるようになるとのことだ。これにより、金融サービスや空港、ホテル、病院や店舗など、ほとんどのサービス申し込みに必要なKYC(本人確認)についても、当アプリ経由でそのプロセスを完了できるようになる、と複数の記事で紹介されている[ii]。ユーザーは、自身で個人情報の管理ができ、例えばKYCで必要な個人情報を自身で選択し、アプリ経由で共有することができる。デジタルID認証ソリューションを提供する1KOSMOSの記事によると、「mAadhaar」の新バージョンは、Aadhaarによる個人認証と、UPIによるリアルタイム銀行取引の支援、デジタル資格情報の安全な保管を統合しようとする、いわゆる「スーパーウォレット」の台頭に伴い登場、「物理的なデータ共有に、生体認証による本人確認が導入される日も遠くはない」と言及している[iii]。
今年1月、インド政府はAadhaar認証を行政・公共サービスだけでなく、イノベーションや知識共有などにも広げるため、Aadhaar認証修正規則(正式名称はAadhaar Authenticationfor Good Governance (Social Welfare, Innovation, Knowledge) Amendment Rules,2025[iv])を公布した。これにより、政府・公共以外の機関にも、Aadhaar認証サービス利用の門戸が開かれた形となる。翌月2月には、これらを実行に移すための「Aadhaar Good Governanceポータル」(http://swik.meity.gov.in)が開設された[v]。当ポータルは、Aadhaar認証を行いたい政府および非政府組織に対し、リソース豊富なガイドとして機能し、Aadhaar認証導入のための申請や登録方法に関する詳細な標準運用手順書(SOP)の提供などが行われる。現状、当サイトへの登録は、政府・行政機関はオンライン上で可能だが、非政府組織は所定の書式による申請が必要で、認可されるとログインができる仕組みのようだ[vi]。民間にも門戸を開いたことで、セキュリティの強化の必要性が高まり、「mAadhaar」の新バージョンにおいて、セキュリティ強化が行われたことが推察される。
Aadhaarの仕組みは、インド政府の開発した「India Stack」がベースとなっており、これは、オープンAPIとデジタル公共財の集合体で、①アイデンティティ、②ペイメント、③データのレイヤーで構成[vii]されている。②ペイメントについては、最重要コンポーネントであるUPI(統一決済インターフェイス)を軸に統合、相互利用化が進んでいる。例えば高速道路料金徴収は、FASTagによる自動徴収に転換されており、FASTagの普及率は98%ともいわれているが、さらなる料金徴収の確実性と透明性を実現するために、支払いルートをUPIによる可変決済システムに統一すべく、その試験運用を今年3月から開始している[viii]。
2024年12月には、インド準備銀行(RBI)が、プリペイドカード・デジタルウォレットについても、UPIを経由したトランザクションを可能とすることを発表した[ix]。プリペイドカード・デジタルウォレットについては、それまでは発行業者に加盟する店舗やサービスへの支払いにしか使えなかったが、UPIを経由することにより、加盟店舗・サービス以外でも支払いが可能となる。例えば保有するウォレット残高から、Google Pay等のUPIアプリに送金が可能となる。ただし、プリペイドカード・ウォレット保有者は、発行者によるfull-KYC(本人確認・認証)が完了していることが条件となり、また、プリペイドカード・ウォレット発行者が提供するUPIアプリ経由のみでのトランザクションに限定されるようだ。
これらを踏まえると、新たな「mAadhaar」アプリによるデジタル認証およびセキュリティ強化は、政府の構築するデジタルプラットフォームの統合化、相互利用化をより拡大し、国民の利便性を高めるだけでなく、今後登場するであろう、新たなデジタルサービスの浸透、拡大の促進にも一役買うことが予想される。
デジタルペイメントについては、UPIの国外利用促進[x]や、諸外国への仕組みの輸出に取り組むなど、アグレッシブな動きもある[xi]。まだ試験運用の段階ではあるものの、デジタル自国通貨の「デジタルルピー」についての取り組みも拡大しているようだ。
インド政府がさらなるデジタル化を進めていく中で、こういった相互運用利用のしくみについての取り組みが、政府主導で進められている点は、注目に値する。新たなアプリや仕組みの発表など、今後の動向にも注目だ。
[i]https://economictimes.indiatimes.com/news/politics-and-nation/uidai-launches-maadhaar-app-now-you-can-carry-your-aadhaar-on-mobile/articleshow/59664735.cm
[ii] https://cleartax.in/s/new-aadhaar-app-with-face-id-qr-code
https://www.financialexpress.com/india-news/explainer-how-the-new-aadhaar-app-makes-kyc-easy/3805889/
https://economictimes.indiatimes.com/wealth/save/uidai-launches-new-aadhaar-app-for-simplified-aadhaar-verification-check-key-features/share-details-digitally-for-travel-bookings/slideshow/120127737.cms
[iii]https://www.1kosmos.com/identity-management/digital-identity-spotlight-india/
[iv]https://www.pib.gov.in/PressReleasePage.aspx?PRID=2098223
[v]https://www.pib.gov.in/PressReleasePage.aspx?PRID=2106755
[vi]https://swik.meity.gov.in/how-to-apply-procedure
[vii]https://indiastack.org/identity.html
[viii] https://timesofindia.indiatimes.com/india/to-eliminate-cash-toll-payments-nhai-to-go-for-variable-upi-system/articleshow/118857559.cms
[ix]https://delhibreakings.com/rbi-changed-upi-full-system-new-ppi-app-approved-from-public-payments
[x]https://www.jetro.go.jp/biznews/2024/01/16be44a2d618e772.html
[xi]https://www.news18.com/opinion/opinion-indias-next-big-export-upi-set-to-lead-global-digital-payments-revolution-9172328.html