コラム

グリーン水素―グローバル需要をにらんだ輸出政策も進行中

Published on
May 12, 2025

グリーン水素への世界的な注目が高まる中、インドは世界のグリーン水素ハブとしての地位を作り上げようと国を挙げた政策を掲げている。国内製造と供給にとどまらず、輸出に向けた動きも進んでいる。

 

持続可能でクリーンなエネルギーとして、水素エネルギーが世界的に注目されている中、インドもグリーン水素への取り組みを本格化している。

インドは2023年1月に、「国家水素ミッション」を始動した。これは、2030年までに年間500万トンのグリーン水素の生産能力を持つことで、世界的なリーダーとなることを目指すものだ[i]。インドは2030年までに総電力設置容量の50%を非化石燃料発電への転換を目標とし、再生可能エネルギーの導入を、太陽光を中心に積極的に推進している。設置容量では、2025年2月末時点で全発電容量の47.4%にまで到達した[ii]。その一方で、既存の再生可能エネルギー発電は、発電効率や配電ロスなどの問題が依然残り、実際の発電量は石炭火力によるものが73%を占め(2024年度[iii])、化石燃料依存度が高い状況が続いている。インドは化石系燃料については輸入国であり、エネルギー自立を実現していくためにも、再生可能エネルギー導入は必至であり、新たなクリーンエネルギーとしての水素を重要視、加えて生産国としての地位をいち早く確立し、エネルギー輸出国への転換も目論んでいる。

 

国家水素ミッションの初期投資は総額1,974億4千万ルピー、そのうちの大部分が「グリーン水素移行のための戦略的介入(SIGHT)」プログラムに投入された。当プログラムは、電解槽の国内製造とグリーン水素生産およびその利用に必要なインフラ整備に対する財政的インセンティブの提供であり、予算は1,749億ルピーにのぼった。

この戦略は、大きく2つのフェーズに分けたフェーズI(2022~2025年度)を実現するためのものだ。このフェーズでは、国内の電解槽製造能力を拡大することで、需要創出と適切な供給を両立させることに焦点を当てている。当プログラムとともに、グリーン水素の活用に向けたパイロットプロジェクトや、規制・基準といったフレームワークも開始されている。なお、フェーズII(2026~2029年度)では、グリーン水素製造を軌道に乗せ、生産力の拡大による競争力のある生産コストの実現、エネルギー消費の大きな産業(鉄鋼など)や自動車、海運分野での商業規模プロジェクトの支援に加え、新分野である鉄道や航空でのパイロットプロジェクトなどを含めた、継続的な開発促進のためのR&Dの強化に重点が置かれるという。

 

グリーン水素製造や活用については、大手財閥リライアンスや、アダニグループ、L&Tが欧州企業との連携でグリーン水素・アンモニア製造や、そのための電解槽製造などを開始、GAILやNTPC、IOCLといったエネルギー会社によるパイロット事業、JSW EnergyやTata Steelによる水素エネルギー活用などが進められている[iv]が、ここでは最近の輸出関連の動向を確認していこう。

 

グリーン水素製造のための電解槽や製造施設の設置は、グジャラート州ハジラやアンドラプラデシュ州ビシャカパトナム等で推進されているが、それだけではない。中央政府は、将来的なグリーン水素・アンモニア等の輸出をにらみ、2023年10月の、インド海運・港湾省による、カンドラ(グジャラート州)、パラディップ(オディシャ州)、トゥティコリン(タミルナド州)の3つの主要港を、グリーン水素、およびグリーンアンモニア、グリーンメタノールのハブ港に指定した[v]。

 

カンドラ港はいち早く着手しており、2024年12月に同港湾内に1MWのグリーン水素プラントの設置を開始、3ヶ月余りの短期間でL&Tの製造した電解槽の設置準備が完了した。その後電解装置は現場で組み立てられて運用を開始する予定で、2025年7月までにフル稼働することを目標としている。生産能力は毎時18kg、年間約80〜90トンに相当する量が予定されているという[vi]。

パラディップ港については、2024年11月に、港全体を2030年までの完全機械化を目指すことを発表。その機械化とともに3つの新しいバース(港湾において貨物の積み卸しを行う船の係留所)の開発に加え、グリーン水素専用のバースを1つ設置する計画も公表した[vii]。新たに開発するグリーン水素専用のバースは、輸出とバンカリング用に、年間取扱量500万トンを計画、2026年までに32億5千万ルピーで発注される予定だ。

トゥティコリン港における水素製造はまだ始まっていないが、AM Green Ammonia (India)とGreen infraRenewable Energy Farmsの2社がグリーン水素・アンモニアプラントを建設中であり、それらを支援する州間送電システムプロジェクトも承認されるなど、準備が進んでいる[viii]。

 

政府は輸出インフラの整備だけでなく、EUをはじめとする海外への輸出に適応するための規則や基準の制定にも取り組んでいる。

2023年、新・再生可能エネルギー省(MNRE)は、水素製造1kgあたり2kgのCO2排出を上限とするグリーン水素基準を導入した。2025年4月29日、MNREはこの基準に基づくグリーン水素認証スキームを導入したことを発表した。この規格に基づく認証制度は、電気分解またはバイオマスからの転換によるグリーン水素製造にのみ適用され、輸出専用の水素を製造する生産者を除くすべての生産者に義務付けられる。このフレームワークには、コンセプト認証、施設レベル認証、暫定認証、最終認証の4つのレベルの認証が含まれており、政府のインセンティブ適用や、国内市場で水素を販売するには、最終認証の証明書が必要となる。さらに、生産者は、排出量データを少なくとも5年間保持し、インドのエネルギー効率局(BEE)が指定した認定炭素検証機関による検証を受ける必要がある[ix]。

同省のPralhad Joshi大臣は、「このスキームは、インドで生産される水素が本当にグリーンであることを保証するのに役立つものだ。最近、多くのグリーンウォッシュが行われる傾向にあるが、だからこそ認証が最も重要となる。認証を取得することで、我々の生産するグリーン水素の品質と信頼性の証となり、世界の要求に合致した輸出可能なものとなる」と語った。

 

グリーン水素・アンモニアの輸出に使用されるルートとして、IMEC(インド・中東・欧州経済回廊)が注目されている。2023年9月にインドで開催されたG20サミットで、インドとアメリカ主導で発表されたIMEC構想は、ムンバイ、ムンドラといった北西部港湾を基点に、インド洋からアラビア半島、そして中東、欧州(マルセイユ)までを鉄道や港湾などで結ぶことを目的とする多国間プロジェクト[x]であり、しばらく中東情勢の混乱で棚上げになっていたが、2024年末頃から一気に具体化が始まった[xi]。約6,400kmの複合輸送回廊は、鉄道、海路といった物流網の他に送電網、通信網やエネルギー供給のパイプラインなどの構築が含まれる。EUは、2030年までに1000万トンのグリーン水素を輸入する計画であり、IMECによるグリーン水素輸送パイプラインに大きな期待がかかっている。

フランス大統領のIMEC特使であるジェラール・メストレ氏も、「インドは間違いなく、世界のグリーン水素ハブの一つになるだろう」と語り、特にIMEC構想がもたらす国際的な物流ネットワークとインドのグリーン水素生産能力との相乗効果に期待を寄せている[xii]。しかしながら、IMECの推進に必要な資金の出所、参加する各国(米国、インド、イタリア、ドイツ、フランス、EU、UAE、サウジアラビア)の思惑等の調整など、実現のための課題はまだ数多く残されており[xiii]、今後のさらなる展開が待たれる。

 

[i] https://www.ibef.org/research/case-study/hydrogen-energy-in-india-roadmap-and-implementation-of-the-national-hydrogen-mission

[ii]https://powermin.gov.in/sites/default/files/uploads/power_sector_at_a_glance_Feb_2025.pdf

[iii]https://iced.niti.gov.in/energy/electricity/generation

[iv] https://energy.economictimes.indiatimes.com/news/renewable/deep-dive-inside-indias-green-hydrogen-funding-plan/120673887

[v]https://timesofindia.indiatimes.com/india/govt-identifies-three-ports-to-export-green-hydrogen-ammonia-and-methanol/articleshow/104081356.cms

[vi]https://www.newkerala.com/news/o/sarbananda-sonowal-virtually-flags-off-lt-made-electrolysers-kandla-port-280

[vii]https://economictimes.indiatimes.com/industry/transportation/shipping-/-transport/paradip-port-to-be-fully-mechanised-by-2030/articleshow/114858091.cms

[viii]https://www.iamrenew.com/green-energy/green-hydrogen-project-under-ists-to-come-in-tuticorin/

[ix]https://www.gasworld.com/story/india-unveils-green-hydrogen-certification-to-support-active-market/2155450.article/

[x]https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/special/2024/0903/91270fddbe4359c1.html

[xi]https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM052A00V00C25A1000000/?msockid=35b5f79b7b1f6fc70188f8897a256edd

[xii]https://energy.economictimes.indiatimes.com/news/renewable/india-will-undoubtedly-be-one-of-worlds-green-hydrogen-hubs-says-grard-mestrallet-french-presidents-special-envoy-for-imec/119749563

[xiii] https://www.iss.europa.eu/sites/default/files/EUISSFiles/Brief_2024-10_IMEC.pdf

https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/special/2024/0903/91270fddbe4359c1.html

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